ユベントス時代には、クラブの象徴ともいえるデル・ピエロ、そしてブッフォンともチームメートになった。
特にデル・ピエロについては、強烈な印象を残している。
「自分がジジ・ブッフォンの控えだった頃、彼は練習後に何時間も自分を残してくれた。何度も勝負をして、そのたびに笑いがあった」
「特にPKは驚異的だった。まるでスナイパーだった」
さらにピッチ外での交流にも触れた。
「アレはゴルフも本当に上手い。今でも時々その話をする。いつかユベントス時代のPK戦やFK勝負のように、ゴルフでも勝負したい」
また、ブッフォンについては最大級の敬意を示した。
「本当に素晴らしい存在だった。彼の偉大さを疑ったことは一度もない。あの落ち着きには驚かされた。いつも『どうやってそんなに平然としていられるんだ、ジジ?』と聞いていた」
「彼とプレーできたこと、そしてユベントスでプレーできたことは自分にとって名誉だった。あの時、自分のキャリアが一つの円を閉じたように感じた」
この「円を閉じた」という表現については、実は10年前にもユベントス加入の可能性があったことを明かしている。
「実は10年前に加入寸前までいっていた。何度かチーム練習にも参加したが、その後ファン・デル・サールが加入し、自分はアーセナルへ向かった。だからユベントスに戻ることは、ずっと目標だった」
また、指導を受けた名将たちについても言及した。
ユベントスでのラストシーズンは、コンテの監督初年度にあたる。
「プレシーズンキャンプの時点で強烈な印象を受けた。彼は自分を脇に呼び、『君の仕事ぶりを高く評価している。シエナ時代にも獲得したかった』と言ってくれた」
「当初、スクデット優勝を信じていたのは彼だけだった。チームは2季連続で7位に終わっていて、クラブも難しい状況にあった」
「彼は、イタリアの言い回しで言えば“街の真ん中に教会を建て直した”んだ」
その後、キャリア最後の舞台となったのはリバプールだった。40歳でクロップの下、第三GKとして加入した。
「すべては一本の電話から始まった。ユルゲンは自分のことをすべて知っていた。2年前、アウクスブルクで彼のドルトムントを破った試合を覚えていてくれた」
「彼は『あのGKが欲しい。あの日、君はすべてを止めた。今度はそれを私のためにやってくれ』と言ってくれた」
結局、リバプールでは公式戦出場こそなかったものの、その締めくくりは忘れがたいものだったという。
「実際に試合に出ることはなかった。もう40歳だったからね。でも、フットボールに別れを告げ、コップの前でファンに見送られた瞬間は、本当に素晴らしい感覚だった」



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