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就任からわずか2週間で辞任
パオロ・マルディーニが、イタリア代表のテクニカルディレクターを辞任した理由を明かした。
7月11日、FIGCはマルディーニとレオナルドをイタリアサッカー再建の中心に据える人事を発表。トップレベルで勝つために必要なものを知るマルディーニの就任は、多くのイタリアサッカーファンから歓迎された。
しかし、それからわずか2週間後、マルディーニとレオナルドはそろって辞任した。
発端となったのは、FIGC会長ジョヴァンニ・マラゴが、マルディーニ側が新監督として推薦したアンドレア・ピルロの就任を認めなかったことだった。
「私にとってフットボールはミランと代表だけ」
マルディーニは『コリエレ・デラ・セラ』のインタビューで、代表TD就任までの経緯を説明した。
「イースターの時期にマラゴから電話がありました。『自分がFIGC会長になる可能性がある。あなたを一緒に仕事をする人物として迎えたい』と言われました。
私にとってフットボールには2つしかありません。ミランと代表です」
その後しばらく連絡が途絶えたものの、FIGC会長選挙の前日に再び電話があったという。
「『明日が投票日だ。かなり可能性がある。ぜひ加わってほしい』と言われました。私は『話をしましょう』と答えました」
イタリアサッカー全体の再建を目指していた
マラゴから提示されたのは、クラブ・イタリアの責任者という役割だった。
単に代表チームを立て直すだけではなく、イタリアサッカー全体を再構築することが目的だったという。
そこでマルディーニは、友人であり、価値観や理念を共有するレオナルドとともに新たな体制を構想した。
「レオは素晴らしい組織力を持っていて、私との相性も非常に良い。そこで我々はスタートしました。そしてテクニカルディレクターという新しい役割を考えたのです」
従来の代表組織ではテクニカルディレクターという役職は存在せず、監督が直接会長に報告する仕組みだった。
「それは正しくないと思いました。監督は他の人たちとも関わる必要があります」
「監督を選ぶのは私たち」だったはずが…
しかし、その後に合意事項が変更された。
「結果として、辞任するしかありませんでした。正確には、8月1日から始まる予定だった4年契約にサインしないことを選んだのです」
マルディーニは、そもそも監督の人選についてマラゴと合意していたのか問われ、こう答えた。
「最初に私が聞いたのは『監督を選ぶのは誰ですか?』でした。マラゴは『あなたが監督を選び、私が承認する』と答えました。それが合意でした。しかし、その後に状況が変わったのです」
ピルロだけでなくデ・ロッシ、グロッソも候補だった
マルディーニとレオナルドがピルロを推した理由は、イタリア代表のサッカーそのものを変えるためだった。
「我々の考えは技術に基づいていました。攻撃的なプレーです。イタリアは多くの部分で遅れています。
選手たちのトレーニングを、戦術を過度に突き詰めるのではなく、技術、1対1、攻撃的なメンタリティーを中心にしたかった。そして代表経験のある若い監督を求めました」
候補はピルロだけではなかった。
「ダニエレ・デ・ロッシとファビオ・グロッソです。3人ともワールドカップ優勝経験者です」
しかし、セリエAクラブの監督を招へいしないという選挙時の合意があり、デ・ロッシとグロッソも候補から外れることになった。



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